2010年12月12日日曜日

国際ビジネス研究学会に参加してきました。

土曜日に関西学院にて開催された、国際ビジネス研究学会に参加してきました。

甲南大学の杉田先生の発表は今回もLeFung社とユニクロの事例でしたが、オーケストレーション経営についてでした。
互いに資本関係を持たない企業がネットワーク化することにより、持たない経営を最大限効果的に進めていくモデルです。

これからの国際経営モデルとして、有望視されているモデルです。

たまに学会に参加すると、いろいろ勉強になります。

2010年12月11日土曜日

企業の社会的責任

久しぶりにずいぶん、昔に買った、P.F. Druckerの「ポスト資本主義社会」を読み直しているんですが、良いことを言っていますね。

「少なくとも資本のコストに見合うだけの利益をあげられない企業は社会的に無責任である。社会の資源を浪費しているにすぎない」

収益をあげあれない企業は社会資本を浪費しているだけ、私も事あるごとに、言っているのですが、国家が税金で教育した国立大学卒の技術者を、大企業だからというだけで、何年も、電気炊飯器の改良に費やしたり、はたまた、家庭用たこ焼き器を作らせている。

典型的なのが、三洋電機だろうか、本来社会資本である国立大や高専を出たエンジニアを囲い込み、浪費しつづけた結果ではないのか?三洋の電池技術はすばらしかったが、なぜ、ごく最近まで、他のローテク商品を作り続けていたのだろうか?

社会に意義のある、技術開発をさせてあげるのが、経営者としての務めなのではと思ったりします。

たしかに品質の良い炊飯器は価格もそこそこ高く、喜ばれています。だからと言って、技術者の他の可能性を排除してまで、そのようなローテク商品を改良しなければならないのか。
大企業だからと優秀な頭脳を囲い込んで非生産的な活動をさせていて良いのか?
日本が技術立国からじりじりと落ちてきているのもここに原因があると思うのは私だけだろうか。

2010年12月10日金曜日

盲導犬の資質

盲導犬と言えば、かしこい!とつい思ってしまいます。
たしかに利口なのですが、盲導犬にするのに、最も適した犬とは?

以外にも、前出のSさんは言っていました。
「良く寝ることと、大きな音に驚かないやつが良いんだよ。」

確かに驚かないのは重要だと思うけど、良く寝るのが良いとは。

でも、飲み屋に行くのが大好きなSさんを見ていると、なるほど。と思います。
Sさんが飲んでいる間、ずーっと盲導犬は寝てました。

なるほど、こういうことか。

Sさんは申し訳なさそうに、でもね。僕が飲み屋に行くから受動喫煙でちょっとかわいそうなことしてるんだよ。と言っていました。

2010年12月5日日曜日

盲導犬

朗読会のあと、いつものごとく、居酒屋にみなさんと行きました。

いつものメンバーの中に、盲導犬協会で、盲導犬訓練センターの方とお話ししたのですが、なんと、政府からの支援はまったく無い中で活動しているそうです。
95%は寄付、5%は地方自治体からの支援で運営されているそうです。

それにしても、政府の無理解はおいておいて、95%が寄付というのは、日本も捨てたもんじゃないですね。

現在、潜在的な盲導犬が必要な人は7500人くらいだそうです。そのうちの15%弱の方が実際に盲導犬の割り当てを希望されているそうです。それでも、ウエイティングリストに載せて、手元に届くには2年以上かかるのが実態だそうです。

しかも、犬の寿命はせいぜい15年くらい、盲導犬は10歳くらいが定年だそうです。訓練期間を除くと、現役で活躍できるのはせいぜい8年だそうでです。

以下は私の勝手な計算ですが。

単純に7500人に全員に行きわたらせるためには、7500頭が今、必要になり、8年後にさらに7500頭が必要になると考えると、32年間で平均すると、単純計算で年間1100頭くらいを訓練していかなければならないことになります。
今のままでは、ぜんぜん、足りないような気がしますね。

人の影響力

昨日、高校時代の友人のG君の招待で、演劇グループ、加藤健一事務所の集まりに参加してきました。

今回は、加藤事務所の運営する俳優養成学校の訓練生に12年間引き継がれてきた、視覚障害者のための事前舞台説明活動に対して、感謝の気持ちをまとめてた朗読劇でした。

この台本は友人のG君が書いたのですが、あらすじは以下のとおりです。

どんどん見えなくなる視界、落ち込みながら、家のベランダでぼんやり、遠くを眺めながら煙草をふかしていたSさん。

「これから、今まで普通にできていたことが出来なくなるのか。。。。。」
「大好きな演劇も見れなくなるのかなあ。。。。あきらめが肝心かなあ。。。」

「待てよ、舞台が見えなくても、演劇を見ても良いではないか!すべてはわからなくても、楽しめるかもしれない。でも、セリフに無い部分はどうするんだ?舞台装置や、セットはどうなってるかわからないじゃないか。」

Sさんは、居てもたっても居られなくなり、ファンだった、加藤健一事務所に電話をかけました。
すべては、この電話一本から始まりました。

紆余曲折はあったものの、この電話をきっかけに、視覚障害者のための観劇会が始まりました。

一般開演の前に30分ほど時間をとって、舞台装置の配置、全体の雰囲気など、俳優学校の訓練生が説明してくれるのです。
とは言っても、言葉だけで見えない人たちに説明するのはたいへん。位置関係を説明するだけでも、へたをすると、頭の中で混乱してしまいます。そこで編み出したのが、時計の時刻方向を使って、これと足音など音を組み合わせて説明する方法でした。

訓練生のたゆまぬ努力により、今では、視覚障害者でも、各自の想像力を膨らませながら、各自自分たちの想像と組み合わせ、頭の中で自分たちの劇を作り上げていくという新しいアートの世界が生まれました。

今では、東京の他の劇場や劇団でもこの「舞台説明」活動は広がっていきました。
Sさんがあの時、発想を変えて、目が見えなくても演劇を楽しんでも良いじゃないか!と、思い立たなければ、このような世界は生まれなかったと思います。

「意思のあるところ、道はある。」これはですね。
できないと思って、できた人は居ない、そこに意思があったから、その夢が実現する。

残念ながら、加藤事務所の演劇訓練学校は今年度いっぱいで閉鎖されることになったそうです。
でも、彼らの意思は必ずや引き継がれて、日本全国に広がるのだと思います。
演劇だけでなく、音楽コンサートなど、いくらでも応用できますからね。

最後にこの台本を作ってくれ、会を企画してくれたGくん、ありがとう。