2011年11月13日日曜日

TPP参加でどうなるのだろう。

今回のTPP参加は著名な経済学者がこぞって、反対していたが、首相は結局強引に参加に持って行ってしまった。
経済、貿易面から見ると、農業が大きな打撃を受けるわりには、工業製品輸出では大幅な増は見込めないと言うのが、大方の経済学者の意見のようだし、政府の分析結果からも出ているようだ。

アメリカでの日本車の価格は十分安いし、それが少し安くなったからと言って、大幅に売れるものでもないだろう。むしろ、スタイルが良いとか、別の要因で売れるか売れないかが決まるように思われる。

農業の面から見ると、同じような島国のニュージーランドはどうだろう。ニュージーランドは輸出の大半が一次産業からの産出品だし、酪農業からの輸出が多い。
と言うことは、日本も農業従事者を劇的に減らして、効率化すれば、対抗できるということなのかもしれない。ただ、今の農村の風景は大きく変わるだろう。

ひょっとしたら、政府は農家に決定的な打撃を与えて、離農させ、それを企業が引き継ぐと言う劇的な変革を狙っているのかもしれない。それはそれで一理あるが、先ほども述べたように農村の風景は大きく変わるし、地縁社会も変わる。秋祭り、神社の縁日など日本の地域に根付いた文化も、やはり、変わっていくだろう。

おそらく、これらの変化を10年程度で進めていくことになると思うが、変われるまでの特定産物への補助金など、膨大な税金がかかるのは言うまでもない。このお金が無ければ、変化は頓挫し、多数の農家の犠牲が発生したり、失業者が発生するだろう。これを日本の工産業界が受け皿になれるかと言えばそれは無理がある。

結局、日本は海外に向けて、モノ、サービスを提供していくしかなく、そのためには多数の起業家が多種多様なサービスやモノを作り、海外に打って出なければ経済の拡大は望めない。
そのためには単純労働しかできない国民が大半だと、成り立たない。
時代に合った教育が求められてくる。

新しいものを創造していく、発想力、実行力、これを義務教育を通じて、スキルを付けていかなければ、新しい世界に適応できる人材は作れない。社会人も常に新しいスキルを身につけていかなければこれからの社会についていけないだろう。

そう考えると、教育こそ、これからの成長産業であることがわかる。
現にEducationはニュージーランドやオーストラリアの一次産品以外の重要な産業になっているし、政府もそれを推進している。
彼らはなまっているとは言え、英語が公用語だ。また、高等教育機関のレベルも高い。
予算の限られた、アジア地域の学生を誘因するには十分である。

日本で勉強する利点、強み、これを考える必要がありそうだ。

2011年11月13日

2011年10月11日火曜日

南房総の旅(その2)

釣竿を持って行っていたので、ちょっと釣りをしてみました。べらがつれました。うちの田舎では「ぎざみ」と呼びます。
お昼ご飯はちらしずし。思ったよりしょぼかったかな。

千葉の南房総を旅してきました。(その1)

3連休の日曜日、月曜日と千葉の南房総を旅してきました。
来年の9月まで、JRが南房総フリー切符を売り出しています。
これを使うと、東京から3500円で往復とフリー期間内のJRと沿線バスが乗り放題になります。
はっきり言って、単純に往復切符を買うよりもお得です。

特急券を追加で買えば、特急にも乗れます。今回は新宿さざなみ1号に乗って、一路、内房線を館山まで行きました。

特急券は社内でも買えますから、ふらっと、特急自由席に乗り込むことも可能です。







今回、朝一の特急に乗ったのですが、三連休でさぞかし混んでるのではと思ったのですが、二人座席が一人の旅行者が一人で占有できるくらい、適度に空いていました。

 さざなみ一号は黄色と白とブルーの鮮やかな車体。なかなかきれいです。




館山駅はスパニッシュスタイルの瀟洒な駅舎です。












南国リゾートをほうふつさせるような駅前通り。通りの先は太平洋

2011年9月29日木曜日

神戸と言えばJazz!

神戸と言えば、北野坂界隈のJazzクラブ

老舗の「ソネ」をはじめ、いろいろなお店がある。
そういえば、この前飛行機で見た映画で、渡辺貞夫がソネのオーナー役で出演していた。
何と言う映画だったか忘れたが、ソネでライブ出演を目指していた、Jazzクインテッドのリーダーがハンセン病で隔離され、社会から隔絶され、50年ぶりに施設を出たおじいちゃんが昔のメンバーを日本中捜し歩いて、集め、ついにソネで孫といっしょにライブ出演すると言う、社会派物語だった。

今年も10月初めからいろいろな 催しがめじろ押し。

COSYのオフィスのあるハーバーランドでも、ハーバーランドジャズが開催される。
http://sjckobe.com/Home.html

ジャズストリートも!北野坂で
http://www.kobejazzstreet.gr.jp/spirit/index.html

な、な、なんと、東京出張でどれも見れない。。。。。

残念!

2011年9月17日土曜日

最近かたい話題を書きすぎてるのかなあ

最近、かたい話題を書きすぎ、反省。

最近、気分転換に時々神戸オフィスから歩いて10分の大倉山公園に散歩に行きます。
公園のふもとにある、神戸市図書館によって、パラパラと本を読み、気が向いたら借りて、そのまま大倉山公園を2周ほど歩いて、事務所に帰ります。

海を見たいときは、神戸駅の地下街を通り抜けて、ハーバーランドへ、跳ね橋の横を通り、煉瓦倉庫のしゃれたレストラン街を通り抜け、灯台のある、神戸港へ。

東京のオフィスとは一味違った、環境です。

2011年9月3日土曜日

政府は円高対策を重点施策とすると言っているが。。。

政府は円高対策を重点施策とすると言っているが、何をする気なのでしょうか。

どうやら、先日、急速に円高が進んだとき、政府は市場最大の円売りドル買いオペレーションを行ったようだ、たしかに一時的に円高に振れたが、すぐ、元の75円台に戻ってしまった。
そのために使われた金額は膨大な額に上っている。

日本の多くの経済学者が太平洋に目薬を落とすようなもんだと言っているように、焼石に水なのは、わかっているくせに、世論を恐れてやったようにも見える。

そもそも、やらなければならないのは、円安にするのではなく、一ドル75円でも日本が稼げる体制を早く作ることだろう。

ドルを買った、このお金をなぜ、国内産業の育成に使わないのか。研究開発助成金も削られたまま。

ドル買いオペはどうせ、一ドル50円に落ちる、ドルに両替したところで、ムダ金になるのは目に見えているのに。

メーカーが海外に出てしまうので空洞化すると言うけれど、それはもう止めようが無いのはみんなわかっている事だと思う。出ていける産業は出ていけば良いのだと思います。

国内で稼げる新産業を作らなければと、いろいろな学識者が言っています。

一つ提案があります。

メーカーの垣根を越えて、第一級のエンジニアを集め、世界一の車を作る。世界一のプリンタを作る。これを国家プロジェクトでやるのです。
日本が本当に技術立国と言うのならそれを示す必要があります。

はやぶさのような成功もありますが、ここ10年、私が思うに日本の技術は衰退しています。
技術者のスーパードリームチームを作り、そこに政府が潤沢な開発費を与えるのです。各産業のフラッグシップ的な製品を開発するプロジェクトを作り、日本国民の自信を回復するとともに、本当の意味での技術立国をめざすべきでしょう。

技術の世界に居ない、一般の人は日本は最先端の技術立国だと思っているきらいがあるようですが、実はもう、そのポジションからは脱落しているのです。アメリカのアップルが開発した、iPhone,iPad,iMacがただ単にアイデアが良いだけの商品で、日本メーカーでもジョブスのようなアイデアマンが居たら作れたのでしょうか。
答はノーだと思います。技術力が無いのです。グラフィックス技術、マイクロプロセッサ技術、どれをとっても、負けていたはずです。

日本は結局人材しか居ない、資源の無い国です。国家プロジェクトとして、ぜひ、スーパーエンジニアで構成される、ドリームチームを作ってもらいたい。企業はそのための人材を出してほしい。


2011年8月6日土曜日

8月6日

8月6日は言わずと知れた、広島原爆の日である。

今回、思い出すのは、中学校、高校の被爆経験を持った先生たちである。
もちろん、もう、第一線を退いているだろうし、存命かどうかもわからない。
白血病で亡くなられているかもしれない。

たまにしか、当時の話はしてくれなかったが、生徒にいろいろ体験を教えてくれた。

どの先生だったか忘れたが、先生は、ちょうど小学校へ行く前に家族と朝ごはんを食べていて、俺は、早食いだから助かったと言っていた。

ごちそうさまー、と言って、食卓から立ち上がって、タンスのところまで来たところで、熱線、光線の直撃を受け、後ろを振り向くと、家族が全滅、自分だけ、タンスの陰で、光を浴びず助かったとか

前出の先生は、良く、ピカドン、ピカドンと良く言うけど、わしの家では爆心に近かったので、光線と音が同時だった。とか

高校の校長先生は子供ながら、防火用水の桶の中で火の手を避けていて、近所のおねえさんを助けたとか

先生の知り合いは当時を思い出すのが嫌で、いくら、説得しても、当時の状況を説明するのが嫌で原爆手帳をもらいに行けないという話とか

そういえば、中学校の校長はシベリア抑留されていて、トラクターから、ジャガイモを植えるためにポトン、ポトンと畑に落ちてくるのをこっそりかっぱらって、かじって生き延びたとか、

当時は生の戦争の話を子供たちも聞かされて育ったが、今はもう、そういう機会がどんどん減っている。青桐の下で被爆体験を話していたおばあさんも亡くなられたそうだ。

こういう話は風化させてはいけない。。。。と思う、8月6日でした。

HIROSHIMA Thousand Cranes <- ぜひ、これも見ていただければ。